第2回 公共的事業の赤字と負担場所2016年12月15日
1.料金事業
公共的事業には、鉄道、有料道路、上下水道、電力、病院、大学など、利用者から料金を徴する料金事業のタイプがあります。これを事業Cと呼ぶことにしましょう。このタイプの事業は、赤字で事業継続には赤字補填の税金が必要なケースが多い状況です。例えば、費用1,000、収入700、赤字300、赤字補填の税金300というケースです。
これに対して「公共的事業でも赤字は許されない。経営努力をして黒字にするべきである」との批判があり、多くの自治体など当事者は対応を迫られられています。厳しい財政事情の中、事情は理解できるし、明らかに不要な事業ならやめて当然、ずさんで努力不足なら改善の必要性も当然でしょう。しかし、全てのケースでひたすら黒字を求めることが、真に市民のためになるのでしょうか?
質の高い医療で市民の信頼の大きい公立病院や、沿線住民の貴重な足である3セク鉄道が、それぞれ最大限の自助努力をしても赤字を回避できないケースがあります。これらに対して、厳しく経費節減による黒字化を求めた結果、住民の信頼を得ていた医療サービスの質は大幅に低下し、ついにその病院は閉鎖に至った事例がありました。当該病院を頼りにしていた患者は、別な自治体の病院まで遠出を強いられることになりました。黒字化の要請は一見市民のためのようで、結果は市民のため最悪となった実例です。
ではどうすれば良いのか?
若干視点を変えて冷静に考え方を整理してみましょう。
2.非料金事業
公共的事業には、一般道路、官庁庁舎、都市公園、廃棄物焼却場、貯水池、防潮堤など、利用者からの料金収入はなく費用の全てを財政資金で償う非料金事業のタイプがあります。これを事業Dと呼ぶことにしましょう。通常、公共事業と呼ばれているのはこれに当たります。
ところで事業Dが全て財政資金で実行される状況は、普通、それだけのことと受け止められています。しかし見方を変えれば、事業Dは、費用1,000、収入ゼロ、赤字1,000、赤字補填の税金1,000という実体です。つまり、事業Dの収支的実体は、前記事業Cの収支がギリギリまで悪化し、費用全額相当の赤字になったものと捉えることができます。これは、良い悪いの問題ではなく収支状況として整理した結果です。
これを念頭に置いて、一つのケースを想定してみましょう。ある有料道路事業(=事業C)において、1台当たり費用は1,000円、料金は700円、赤字300円、赤字補填の税金300円とします(事業Cのイ)。これに対して、いずれかの必要から料金を100円に下げました。赤字と税金は900円に増えました(事業Cのロ)。ほとんど税金で運営している実体ですが、事業Cであることに変わりはありません。ところが、ついに無料にしました。赤字と税金は1,000円となりこの段階で事業Dに転換しました。しかし実質的には料金100円=補填税金900円の段階とほとんど同じです。
このように事業Dは赤字事業そのものです。しかし、発生する赤字と税金補填についての批判はありません。一方事業Cにおいては、料金収入700円、赤字300円、税金補填300円の段階から厳しい批判です。事業Dは、赤字と税金の規模は1,000円と格段に大きいにもかかわらずです。このアンバランスは何故でしょうか?
その答えは、「この事業は全市民に貢献している。よって、全費用(=全赤字)の負担場所を全市民とする」と、黒字、赤字の視点ではなく、専ら負担場所の視点で捉えているからです。
3.負担場所の視点での把握
以上から三つのことが見えてきます。
第一は、事業Cと事業Dは異質のように見えるが、実は同質であること。
第二は、公共的事業は、若干の赤字、費用の半分前後の赤字、費用全額の赤字まで、程度の差はあるが、元来赤字資質で税金負担により成り立っていること。
第三は、公共的事業の収支は、費用の負担場所のありようとして捉えることができ、この方が実体に即する面があること。
この3点を踏まえて、費用の負担場所の視点で事業Cを見直してみましょう。例えば、前記の病院は、現在の患者に質の高い医療を提供しているのは勿論、同時に全市民にいざというときの安心感を与えています。よって、「費用の負担場所は、大半の700は直接の現受益者である患者(=利用者)とし、一部の300は医療面の安心感の代価として全市民とする。」という整理があり得ると考えます。これにより、「赤字は許されない」というやや短絡的な批判をおさめ、市民に評価の高い当該公立病院事業を、正当に継続させる合理性を見いだせると考えます。公共的事業の場合、一見直接の利用者だけがメリットを得ているようでも、同時に利用しない全市民に別なメリットを与えているものも少なくありません。例えば、都市のLRT(新型の路面電車)は、利用しない人にも渋滞解消、環境整備というメリットを与えています。
4.望ましい対応
以上見てきたように、事業Cも事業Dもともにに市民に貢献を行う一方、双方とも多かれ少なかれ税金により事業継続がなされているものです。
今後は事業Cと事業Dを同じ土俵に乗せ、両者を同等に扱いつつ税金使用のプライオリティーなどを検討することが、市民への一層の貢献のために望ましいと思います。その前提として次の3点が重要です。
第一に、事業Cについては、「赤字であるが故の」批判はやめること。公共的事業は、「市民に必要だが、純民間では担当できない赤字資質の事業を担当する」ことが重要な役割の一つです。また、「黒字は善で赤字は悪」と決める傾向がありますが、黒字、赤字は損益上の単なる結果であり、良い赤字もあり、悪い黒字もあるのです。この点は、別途詳細に述べる機会を待ちましょう。
第二に、事業Cについては、民間事業以上の厳しい、かつ実効性のある収支改善の自助努力を求めること。税金の補填を受けて事業を継続している以上、これは当然です。筆者はかつて「極限までの自助努力」という言葉を、あえて使ったことがありました。
第三に、事業Dにおいても、事業Cと同等、あるいはそれ以上に厳しい収支改善(=公共サービスの質を維持した中での、最大限の費用削減)を実行すること。事業Dは、官の直営の割合が大きく、それゆえにVFM(=税金の最有効活用)の原則に最も忠実であるべきでしょう。「同じ施設でも、官がやると民間の倍くらい建設費がかさむ」などと言われてはなりません。
公共的事業の収支資質表
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