第4回 民営化の分析(全3回の第1回)2017年02月15日
はじめに
今回から3回にわたり、今後も我が国の経済社会において重要な柱と予想される「民営化」について、考えてみたいと思います。冒頭、アメリカにおける際立った事例に注目することから始めましょう。
1.米・ジョージア州、サンディ・スプリングス市の取り組み
同市は、2005年12月設立の新しい市です。人口約10万人。警察と消防を除く市の業務を民間企業に包括的に委託し、公務員は4人という体制でスタートしました。まさしく、「市民の望むサービスの提供は、公務員でなくても構わない」というコンセプトを実現したものです。民間の包括委託先は当初は1社、その後、市業務を分割し数社となっているようです。
同市は、元々どこの市にも属さない、ジョージア州フルトン郡の直轄地域で、公共サービスは郡の提供でありました。しかし、富裕層の多い同地域ではかねて「税金に見合う公共サービスがない」と不満がありました。同市はこれら富裕層が独立し設立したものです。なお、これが可能となったのは、州法の権限が強い米国特有の事情があるようです。
効果の第一は、コスト削減です。通常人口10万人の自治体運営には年間約5000万ドルを要するとされていますが、スタート時点で2900万ドル、その後は1700万ドルとなったそうです。第二は、公共サービスの向上です。例えば、市民には24時間対応のコールセンター設置等。法人には、許認可期間の短縮と書類の簡素化等であります。
良いこと尽くめの同市の設立と民間委託に見えますが、問題はないのでしょうか。この辺は、連載の中で考えていきましょう。しかし、いずれにしてもこれほど思い切った取り組みが実現し、かつ、この流れが類似の市を誕生させていることは、留意に値することと思います。
2.我が国の民営化の経緯
我が国における本格的な民営化は、1986年の民活法制定と、これに基づく全国的な多数の三セク設立が一つの出発点と思われます。同法の施行により、それ以前から行われてきた三セクの活用が一挙に拡大、加速されました。
以降、国の強力な政策により各種特別法による大型の民営化が実施され、民営化のピークの時代となります。その後は、PFI法(Private Finance Initiative)の制定で多くの民間による社会資本整備が進められ、また、指定管理者制度による公共施設への民間参加がありました。そして、現在も地方創生など当面の政策要請に応えるべく民営化の流れが継続しています。
また、ひるがえって見れば明治以降の日本経済社会の発展は、官営から民営への移管が基礎にあるとも思われます。我が国の資本主義社会の形成過程は、ヨーロッパ諸国とも米国とも異なり、発展途上国の道とも異なるものと言われていますが、その特色の一つは民営化でありましょう。米国の事例のような派手さはなくとも、着実な実績を積んでいて、我が国は民営化の先進国と言えましょう。
3.民営化の現状分析のための留意点
以上のように、我が国の民営化は少なからぬ成果を挙げてきましたが、一方では、今後改善が必要な多くの問題があることも事実です。これからの連載で、我が国の民営化の現状を分析して課題を見い出し、効果的な対応を模索していきたいと思います。そのために、重要な前提や留意点を整理しておきましょう。
(1)民営化の動機と民営化採用のポイント
「官はすべて悪く、民はすべて良い」式な考え方を出発点とすることは正しくありません。2000年代の初め、国の政策により民営化がピークを迎えたころ、民営化こそが種々の問題を解決する最良の道であると、強く一方向が示される傾向がありました。しかし、全ての問題を解決する「力量と良識」を、民間側だけが持ち合わせているのでしょうか?仮に問題があるとすれば、官も民も双方同列のように思われます。民営化するか否かの判別のポイントは、専ら官民のそれぞれが持つ役割の違い、つまり「民間ができるもの(=黒字資質の事業)は民間に託す」であると思います。
(2)民営化の目的
昨今の民営化においては、「官部門の財政難への対策」が切実な目的の一つであることは否定できません。しかし、より根本的な目的を認識することが必要です。その一つがVFM(Value For Money)の原則でありましょう。VFMは、「税金の最大限の有効活用」として公共的事業の原則でありますが、同時に民営化の原則でもあります。言いかえれば、「同一同質の公共サービスを、官営のときと比較してより低廉に供給すること」です。
(3)民営化の対象
公共的事業の「経営の民営化」であり、決して「事業の民間化」ではありません。官庁直轄であれ、公営企業であれ、対象の事業は公共的利益を目的とする(=専ら事業利益を目的とはしない)公共的事業です。決して民間的事業(=専ら事業利益を目的とする)ではありません。担当が民間企業に変わった結果、実質上民間的事業に変わることがあれば、大きな誤りです。
(4)ライフラインの事業は民営化には不適であること
公共的事業に中でもライフライン事業、例えば水道事業は、市民にとっては、コスト云々以上に供給の絶対的安定性が不可欠な事業です。したがって供給の絶対的安定性を維持することに、最も適した事業主体が経営すべきです。
この趣旨から見て、民営化はどうでしょうか。民営化とは、元々、供給の絶対的安定性を担保としてコストの削減を図る手法です。つまり、民間企業は「利益が減少する事態となれば、当該事業から撤退する自由」を持っています。
よって、ライフライン事業は民営化にはなじみません。最適な事業主体は、市民自身が経営参加することができる(=経営につき議会付議のある)地方公営企業など公共系企業です。
同じ趣旨から、非営利事業、例えば保育施設や養老介護施設などは、元来公共系の事業主体が担当するべき仕事です。民営化については、特に慎重な検討を経るべきでしょう。
4.次回の予定
次回は、以下の具体的ケースにつき分析を行う予定です。
①官営(公営企業、特別法人を含む)公共的事業を、純間企業に付託したもの。
②同種の公共的事業を、官と民の共同出資企業に付託したもの。
③同種の公共的事業を、株式会社形態に転換したもの。
④従来から公共的事業を民営しているもの。
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