第6回 民営化の分析(全3回の第3回)2017年04月15日
2回にわたって、我が国の民営化の状況をみてきました。かなりの成果をあげてきたと思われます。最終回の今回は、なお残された課題につき解決方法を考え、一層効果的な民営化への道を模索することにしましょう。
1.現状の民営化の総括
民営化は何のために行うのか?これにしぼって検討を始めます。民営化の第一の目標はVFM、つまり、官営と比較して、質の良い公共サービスをより低廉に供給することでした。これに反することがないか、チェックしましょう。
(1)地方ベースの課題
前回コラムで表に整理したように、民営化の対象である公共的事業には、【A】黒字事業、【C】(相当な)赤字事業、【D】費用100%の赤字事業(=費用の全額を官からの収入だけで償う事業)に分類できます。
昨今重視されている、PFI、指定管理者、その他各種の手法による官民連携の舞台において、官、三セク(官主導)、純民間の3者と、【A】、【C】、【D】の事業との最も合理的な(=VFMに沿う)組合せを考えてみましょう。
【A】の黒字事業は、純民間が担当すれば自力で利益を得られ、税金による補填は不要、三セクへの出資金も不要で、最もVFMに沿う組合せです。一方【C】【D】の赤字事業は、三セクが担当すれば、赤字補填は必要ですが利益分の加算は不要(収支は±ゼロでOK)で、最もVFMに沿う組合せです。
ところが実際には、純民間が、費用100%の赤字事業の【D】タイプをPFIの「サービス提供型」として多数担当しています。これは、利益分だけ公共負担が増加しVFMに反します。一方、三セクは、ひたすら赤字状態を批判され、即刻の黒字化を要請され、【A】黒字事業の担当を推奨される結果となっています。これは出資金の無駄使いです。要するにどちらのケースも、上記の合理的な役割分担の真逆なのです。
冒頭の、「民営化の第一の目標であるVFMの充足度合チェック」の答は、残念ながら「No」というほかありません。
さらに、どの事業にも共通することとして、検討不足による事業採択の失敗があります。著しくVFMに反することは言うまでもありません。
(2)国ベースの課題
民営化のピークの時期、国ベースで大きな事業の民営化が進められました。多大な配慮、入念な準備、高いレベルの決断により実現しました。成果は大でありました。しかし、ここにも課題があります。
民営化の強風の中、同業他社との比較から無理な収支改善が求められ、公共サービスに重大な質の低下を招いたと思われるケースもありました。また、関連事業に注力する結果本業が手薄になると懸念されるケース、対策として分離した公共性のある事業の深刻な経営問題、別な社会的負担の発生の懸念、などもあります。いずれも、VFMに反するものです。
大きな事業の民営化の時期から概ね30年経過し、新たな問題の発生も云々されています。経過も含め全体的な見直しをするべきタイミングと思われます。
(3)改善策とその実行
地方ベースの、事業と事業者の組み合わせの問題は、実体についての正確な認識の不足から生じたものと思われます。事業採択の失敗は事前の検討不足の結果です。国ベースでも課題は明らかです。改善策の要点は見えています。
しかし、実行の段階は別です。いずれも、事業主体自身の手は届かず、親元の自治体や国に属するものがほとんどです。例えば、地方ベースの場合、事業の企画から採択は全て自治体が行い、事業者は与件として受けるだけです。この点は改善策においても同様です、
国ベースの場合も、この段階は専ら政策当局や関連省庁に属するものです。つまり、各企業自身で課題を解決できる範囲は少なく、施主である政府と親元官庁にしか解決できない課題が多いと思われます。
2.民営化の本道
このように、現状の民営化の課題解決は専ら施主である官の役割です。
また、別な視点で見直せば、公共的事業全体の中で、現状の民営化の対象範囲は相対的に僅かなものです。官直轄の公共事業、一般の官庁業務など圧倒的な割合が官に属する領域です。
現状の民営化は勿論重要ですが、民営化全体としては、質、量両方の意味で「側道」であると思われます。真に目標のVFMを達成するには、民営化の「本道」の整備、即ち、施主である官側の民営化が必要です。本道の整備がなければ、我が国の民営化は、限定的かつ形だけに留まる懸念があります。
(1)民営化の「本道」整備とは何か
施主である官側自身の民営化です。とはいえ、これは、官の形、組織、体制を変えることではありません。官を官の形のままで「民営化」することです。行政の各領域において、「VFM達成に役立つ効果的な手法」を(民から)導入し、可能な限り地道に活用することです。元来、官はVFM達成に最も固執すべき立場でありましょう。これに有効な手法の導入と活用に躊躇はいらないと思います。
なお、これは一部にある「民は全て良く官は全て悪い」式の論調とは全く違います。官と民は異なる役割を持ち、民には有効でも官には無効のものもあります。民から決して導入してはならないこともあり、また、当然ながら、既存の官のありようの中で、堅持すべきものは少なくありません。ここで言うのは、あくまで「民営化」であり、決して「民間化」ではないのです。
(2)具体的内容(二例の説明)
①アウトソーシング(業務の外部化。キーワード解説参照)
事例1.東京都足立区 【先発的事例。自治体特有の「専門定型業務」(専門性が必要な、定型的処理の繰り返し業務)の一部(戸籍等)を民間企業に委託する。】
専門知識が必要でありそれを持つ純民間への委託は合理性があります。
一方、それ故に、自治体が学習し将来に備える考え方もあるかもしれません。そのための、自治体系の受託側事業者の準備の余地はあると思われます。
事例2.米国・サンディスプリングス市 【前々回のコラムで紹介。市の業務のほとんど全部を純民間に委託する。】
大胆かつ柔軟な手法は参考になります。しかしこれは、公共サービスを金で買う契約社会の考え方です。我が国での「外部化」は、現状の「自治体の在り方と役割の基本」を前提に置き、効果的な道を検討するのが適切と考えます。
② 企業会計の「原点」の活用
全自治体で現在進行中の企業会計導入に並行して、企業会計の「原点」を活用するのが、前述の「施主である官側自身の民営化」達成の近道と思います。
【ア】 自治体への企業会計の導入
周知の通り、自治体では従来長く現金主義・単式簿記による公会計方式が使用されてきました。ところが、この10年あまりの検討を経て、民間企業が使用している企業会計方式の導入が決まり、現在、全国の自治体において、H29度末を目標に、企業会計方式に準ずる形の財務書類の作成が進められています。これ自体大きな成果です。
【イ】 自治体の現業部局への対策
ところが、自治体の中で大半を占める現業部局では、企業会計の導入に無関心なのが実情です。この状態のままでは、折角、財務書類が整備されても、自治体全体としては大きな効果を生みません。では、対策として企業会計の勉強を求めるか?それは拒否反応があり逆効果です。
一方、真に自治体業務自体を効率的に改善するのは現業部局です。また、自治体業務に欠落し、今後優先して充足が望ましいものは、「コスト意識」と「投資意識」です。そして、是非これを身に付けて欲しいのも現業部局です。以上のことから、次の対策がのぞましいと考えます。
大半を占める現業部局では、「企業会計の全体を勉強する」のではなく、
「企業会計の原点=BS(貸借対照表)とPL(損益計算書)の仕組み」だけに馴染み、これを自治体の業務に応用することが効果的と考えます。この対策はおそらく、
■ 拒否反応は少ないと思われます。
■ 企業会計方式導入の受け入れに、効果的な土壌が期待できます。
■ BSとPLに馴染むことで、例えば、様々な事業の企画段階で、たたき台の検討モデルを作成できます。10年後、20年後の資金的、財務的状況の予測もできます。正確な費用対効果の検討も容易になります。
■ この結果、自然に「コスト意識」と「投資意識」が醸成されるでしょう。
(3)民営化の「本道」整備の効果
第一に、官直接の業務(一般業務、直轄事業、直営事業、外郭団体等)のVFMが向上し、我が国全体のVFM向上に絶大な効果を生むでしょう。
第二に、上位である本道の変化は、前述した側道の課題も解決し、側道のVFM向上も期待できると思います。
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