2.人を育てるには2017年10月15日

 
本タイトルに掲げたテーマ 『 人を育てるには 』 は、古くて新しい課題です。また、西洋、東洋を問わず、あるいは近代、現代の時代背景を超えた宿題でもあります。この課題は時々頭の片隅を横切る基本的なものですが、一方ではあらゆる課題にも先んじて、結論が望まれる重要課題でもあります。
そのため、過去から数多くの議論がなされてきましたが、得られたいくつかの結論を概観してみますと、有効な手法はどれか判断が分かれるところです。検討する視点の高低差、考慮すべき土台の時空間次元の違い、あるいは相対する要素分布の強度を考慮すれば、解決策はいよいよ多様性を増して、複雑化していくに違いありません。

◇人を育てるには
人を育てる際の目標は人それぞれで異なるものですが、普段から予め考慮している事柄の内、育ててみたい素質として下記の3つの視点に決めています。各々の要素(その①から、その③まで)は別々に考え出したものですが、再検討する度に相互の関連性が深まり、人を育てる規範のバックボーンとして一層重要性が増してくるように思えます。
3つの要素
その ① ・・ 『 基礎の大切さ 』 とは
その ② ・・ 『 思考に行動要素を取入れる 』 と形が作り易い
その ③ ・・ 『 NOTE する 』 という意味合い

その ① ・・ 『 基礎の大切さ 』 とは
最初に、人を育てることと『基礎の大切さ』との繋がりを考えてみます。どんな内容の事柄でも、第一の課題として取り上げる視点は最重要です。なぜなら「基礎無くして応用は有り得ず」という思想は、物事の根本精神の象徴だからです。どんな職業であっても常に技を鍛え、精神を磨き上げれば、あるいは様々な学問分野であっても、師事して初歩から地道に学び続けていけば、必ずやその道における一里塚と思しき地点に到達するのは間違いありません。やがてそれが、次へのステップに繫がり、さらに一人で道を描き分けて進んでいく基礎的な力となるでしょう。目指す基礎力とは、自立して自分が求める道を切り開くことが出来るに至った力、と考えられます。さらに、基礎力を得た人は、一定レベルを超えたパワー(行動力)を保持しますので、人が育つ過程と基礎力の蓄積とは、隣接する相乗関係を持つ事柄と言えます。
 
ここで、基礎力の重要性を端的に表した内容の記事を紹介します。
朝日新聞(天声人語 1998.1.11、評伝 1998,1.10)記事 福井謙一 『 基礎の大切さ 』 , ノーベル化学賞のことに関して
この記事によれば、「ヒントが閃くと、すぐ計算に没頭した」、また「霧散してすぐ忘れてしまうような着想の積み重ねこそが貴重である」と、福井先生は重要な考えを述べられています。これに関して 、毎日早朝6㎞の散歩をすると、種々の発想が浮かび上がることから、直ちにメモを取り、それを手帳に書き留めることにしているそうです。
他のもう一つの記事には、「考え抜いた思考過程の中から、極力不自然さを排さねばならない」、なぜなら「ギクシャクした理論からは創造性は現れない」、と述べられています。これについては愛読されたと思われる夏目漱石の短編「夢十夜」などの読後感として影響を受けられたようです。
この考え方からは、研究は生産性とか効率とかには縁がなく、十年先では短く、せめて十五年先を見なさい、つまり、地味で息の長い研究に力を注ぎなさい、基礎研究こそその道ですと強調して述べられています。さらに、京大の恩師、喜多玄逸教授から、福井先生は数学が好きなら化学をやりなさい、と説得されたそうです。これは一つの学問分野を独自に切り開くための暗に深い意味を伝授されたものと思えます。

その ② ・・ 『 思考に行動要素を取入れる 』 と形が作り易い
筆者は、『思考に行動要素を取入れる』と形が作り易い、と日頃考え行動しています。例えば、メモを取る習慣はどんな時必要と感じ、一方では、どんな職業の人でもメモは欠かせないと考えているのでしょうか。メモをとる習慣について、必要との立場でアイデアをまとめた文庫本の1冊に次のものがあります。
新潮文庫(田辺昇一 , 人間の魅力 『 メモ魔になれ 』 p.126 )
他方、メモを取る習慣は、どんな職業の人でも必要であるようです。これについて心得ておくことは、アイデアはすばやく記帳し、後に必ず読返して要不要の区別をしておく、メモ無しでは正確さに欠けるため、メモは計画を纏める必要手段として携帯すると便利であるということのようです。加えて、メモは物事を分析するのに欠かせない手段でもあります。事柄の事実と時系列データの数値を再検討する課題に則して並べ替え、局所の現象を組み立て直せば、全体像を再構築することも可能となります。ここで述べたような仕事内容は、一見して銀行業務と類似しているように思えます。例えば、アイデアを登録し、内容が熟すのを待ち、必要に応じた時刻、場所において結果を引き出し、さらに検討後成就させる作業であると言えそうです。

その ③ ・・ 『 NOTE する 』 という意味合い
次に唐突さを感じられたでしょうが、『NOTEする』というその③の課題の意味合いは何でしょうか。いつ、どんな立場にある人でも議論する機会が与えられれば、個人の明解な意見が求められます。基本的な権利と義務の関係は、まさにそれを表すものでしょう。このような行動を具体的に促すには、どんな研鑽や努力手順を踏んで準備を固めておけばよいのでしょうか。まず、誰でも何かを実行しようとすれば、整理の初期段階でできる限り多くの事柄を書上げ、そして分別・整理してフローチャートとしてまとめると、順序だった話の大筋ができ上がります。続いて解析するという高度な作業をなせば、仮分類した中の漠然とした話題の骨格が、本質的な形を見せてきます。つまり、思考作業と実践行動とが適切に絡み合って初めて、整然とした流れのような考えが形成されてくるものです。
従って、NOTEするという意味合いは、課題に集中しながら頭の中を整理し、事柄の発信点、帰着点を結び合わせながら全体像を形作る作業である、と言えるでしょう。

格言風のフレーズをまとめた読み物を紹介しておきます。
新潮文庫( 河合隼雄 ,心の処方箋 『100点以外はダメなときがある』 p.54)
これは文系、理系を問わず、読めば納得でき、人の心の彩を解き明かす話題です。この文中から、『100点以外はダメの時がある』という文面を取り上げてみます。
人生におけるここ一番の時に備え、準備を怠らない姿勢と、様々な事柄において常に満点を取ろうとする考え方に陥ることがあります。こんな時は精神的に混乱し、努力の結果と報いとは必ずしも比例しないことを知っていますが、嘆きが先を走るようです。こんな時、どっしりと腰を下ろして構えてみると、気が休まり思いがけない展開も出てくるようです。人のやることは統計学的に調べることをしなくても、長い目で見ると意外と公平であると思ってもよいようです。ただ、人生には時々、「100点以外はダメな時」があります。さらに、「トップ以外は意味が不要となる」ような厳しい状況も多々あります。
このような時はよくよく考えてみると、準備を怠らない、最善の努力をする、置かれた立場や機会をどう捉えるかにより、運も不運も転び方さえも異なる道筋を辿る気がします。だからこそ、ここ一番のチャンスに臨んだ場合、覚悟の希薄さや準備不足は話にはならないでしょう。「チャンスの神様には後ろ髪は生えていない」という諺が、知られています。

〇 付録
『 人を育てるには 』 、と題した内容で筆者の考え方を書き綴りました。その中に、人と人との付き合いについての事柄は、一切触れませんでした。そこで、付録記事として、論語に描かれているある教えを一つだけ紹介しておきます。
(論語 , 金谷修 訳註、岩波文庫) 巻第八 , 李氏第十六の四 『 孔子曰く 、益者三友 , 損者三友 』
直を友とし、諒(まこと)を友とし、多聞(たもん)を友とするは、益なり
便僻(べんへき)を友とし、善柔を友とし、便佞(べんねい)を友とするは、損なり
有益となるもの : 正直 誠心 物知り
害となるもの  : 体裁打ったもの、上辺だけの諂いもの、口だけ達者なもの



                              以上
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